む、むずかしい…
蒔き絵のタイミング
金継ぎの最後の工程で、金粉などを蒔く「蒔絵」をほどこすわけですが、この時の「粉を蒔くタイミング」がよくわからなくて困っている初心者さんが多いと思います。
どうでしょう?みなさんは大丈夫ですか??僕は困っています◎
市販されている全ての金継ぎの本を一生懸命読んだんですが、正直、よくわからないんですよね~。
文字面では理解できるのですが、「実際」どうしたらいいのか??がわからない。
例えば…
下付け(地塗り)を終えたら湿した漆風呂に5∼25分入れ、漆が少し固まり始めるのを待つ
Point
漆が少し固まり始めると、筆跡が消えて色が濃くなるので、そのタイミングで金粉を蒔きます。漆が固まり過ぎると、金粉が付かなくなります。
使用粉:丸粉/平極粉/消し粉
「金継ぎの技法書」/工藤かおるさん p96,97
通常、塗り立ての漆に塗面に息をハァ~っと吹きかけても無反応です。15~30分ほど(湿した漆風呂で)乾かすと、塗面が(油っぽく)虹色に反応するようになります。それが「青息」です。反応するのは息を吐いたほんの一瞬。青息がくれば、蒔いてOKのサインです。
逆に、青息を通りこして窓ガラスが曇るように白く曇ると、乾きすぎです。乾いてしまうと、金粉はいくら蒔いても付着しません。
使用粉:平極粉
「おおらか金継ぎ」/堀道広さん p60
室温約20℃、湿度80~90%の場合、約20~30分で、金を蒔くタイミングとなります。
漆の反応をみてタイミングを計るのですが、表面がうっすらと全体に曇り、周辺からさっとその曇りが取れてきたら、蒔き時です。
使用粉:消し粉
「金継ぎ一年生」/山中俊彦さん p26,16
↑これらの金継ぎ本ですが、分かり易いのですが、それでもやっぱり実際に自分がやろうとすると、「青息」のタイミングが掴めない…ってことになると思うのです。
知識として「知っている」のと、実際にそれが「実行できる」のとではやっぱり違いますよね。
いくら漆に息を吐きかけても、「これが本当に”青息”なのかどうか不安…」とか、「”虹色”なんてならないじゃない!」ってことになりかねないのです。
なぜに「青息」??
そもそも何で「”青息”がかかるときに蒔け!」といわれるのかといいますと…
(↗色の濃いところが「乾き始めてきた」ことを表現しています◎)
「青息がかかる」状態というのは「漆(の表層)が乾き始めてきた!」という合図なのです。
ちなみに「青息」というのは
↑こんな感じに、息を吐きかけた「一瞬だけ」塗膜表面に「虹(rainbow)」のような表情が浮かびます。
ほんの一瞬です。さっと虹がかかって、さっと引いて、跡形も残りません。
漆の表層がが少し乾き始めてきたこのタイミングに蒔絵粉を蒔けば…
漆が少し「固く」なり始めていますので、蒔絵粉が漆の中に沈みづらくなります。(沈むのが遅くなります)
そして、漆がどんどん硬化していき、蒔絵粉が底まで沈む前に途中で止まる!ということなのです。
こうすることで、蒔絵粉の使用を少なく済ませることができます。特に金粉は高価ですので、なるべく経済的に済ませたい場合、この方法は効果的です◎
ただし、この方法には問題が3つあります。
「青息」問題① 見極めがつかない!
どうしても「青息」の判断がつかない!!!
そう、このジャッジが難しいのです。特に初めての人だと自分で判断できないと思います。
何となく息がかかっているように見えたとしても、「これって息がかかっている状態なの?それともまだ??」と不安になります。
青息がかかっているかどうかの判断は何回か実体験しないと、なかなか分からないと思います。
実は私も未だに分からない場合があります。(あら、ばらしちゃったわ◎)
息をかけても、その変化が見えない時があるのです。これは単純に私の注意力が足りないだけかもしれませんが。
なので最近はかめ師匠から教えてもらったやり方(漆を塗ったらすぐに蒔く!!)でやっています◎
「青息」問題② 漆が滲んでくる
さらに厄介なのが、なんとなく「青息」がかかったようなタイミングで蒔いたのに、ゆーーっくり蒔絵粉が沈んでいってしまうことがあります(涙)
漆が少し乾きかけてきているので(固くなってきているので)、粉の沈むスピードはすごく遅いのですが、それでも気が付くとどんどん沈んでいってしまっている…(底なし沼のように~…。金粉がしずむ~~。あぁ~~)
10~20分後に蒔絵をした器をチェックしたら、蒔いた粉の表面が「薄っすらと赤くなっていた(涙)」という経験はありませんか?
しょうがないから、すぐにもう一度、粉を蒔いて再び湿し風呂に入れる。
そして、一応、念のためにと思い、10分後にチェックしたら…また、表面が薄っすら赤くなっていた(泣)
こんな経験をするとうんざりします。
この「滲みトラブル」も、滲むたびに繰り返し3~4回、蒔きなおせば、滲みは止まると思います。けど、やっぱり嫌~な感じですよね。じわじわと滲んくるのは。(お金がどんどん吸い取られていく感じがします~)
※ これはそもそも地塗りの漆が「厚過ぎた」可能性が高いです。
※ この「青息」タイミングで蒔くやり方は、「消し粉」や「平極粉」を使う時に適していると思います。
粉が極小の微粉なので軽いし、形状的に平たいので沈みにくいかと思われます。
丸粉だと他の粉に比べて重量がありますので、沈みやすい。そうすると「滲み」問題も生じやすいと考えられます。
「青息」問題③ 蒔絵粉の層が薄い
「青息」タイミングでうまく粉を蒔けば、表層に蒔絵粉が留まるので、粉の使用量を抑えられる!これは確かに経済的です◎
なのですが、ということは…裏を返せば「蒔絵粉が表層にしかついていない」ということでもあるのです。(これってあまりアナウンスしちゃいけないかしら??)
蒔絵粉の層が薄いということは、食器として日常使いしていくうちに、「剥げやすい」「摩耗して、蒔絵粉の下の”漆の層”がでてきやすい」ということです。
飾り物のオブジェなどでしたら、耐摩耗性などを考える必要はありませんが、直すものが「日常使いの器」の場合はそこを加味するのも一つの考えだと思います。
【 消し粉〈 平極粉〈 丸粉 】
の順で厚みがある分、耐摩耗性は高くなります。
「消し粉」は厚みがほとんどないので剥げやすい。「丸粉」は厚みがあるので、比較的、摩耗に強い。
ただ、経済的に安く済ませたい場合は
【 消し粉 〉平極粉 〉丸粉 】
の順番となります◎
なるほど…。で、「青息」がかかるタイミング以外で蒔絵粉を蒔く方法ってないんですか?
はい、あります◎
漆を塗ったら、直ぐに蒔いちゃいます。(ナント!)
かめ師匠のもと、只今、練習中です。
直ちに蒔く!!
え”?でも…、直ぐに粉を蒔くと「漆の中に蒔絵粉が沈んじゃう」…ってどの金継ぎ本にも書いてあった気がするのですが。
そうです、そうです。それ、正解です◎
金粉を蒔いても…
しっかりと沈んじゃう!
はいー、これじゃダメですよね。
それじゃどうするのかといいますと…
漆を”薄く塗って”、直ぐに蒔く!!
これは蒔絵師のかめ先生から教わったやり方です。
そもそも蒔絵をする際の漆を、均一に「極々薄く塗る」のです。
これがめちゃくちゃ重要です。すごく。
実は、基本的にみなさんの塗りは、漆が「厚過ぎる」んです!はい。間違いない。(薄く塗っているつもりだったでしょ??)
何を隠そう僕もこれまでずっと「薄塗り」しているつもりが、かなり厚く塗っていたんです。
意外と「薄く塗る」というのは難しいのです。
「自分の感覚値の4段階くらい上をいく薄さ」で塗るくらいでちょうどいいと思います。(これ、目障りだと思いますが、強調させてください。めちゃくちゃ重要です!)
それから実は「薄く塗るコツ」というものが2つあります。
- そもそも「柔らかい漆を使う」
- 筆に含ませる漆を極少量にする
①【柔らかい漆を使う】
粘度が高い漆で塗るとどうしても厚くなります。粘度の低い柔らかい(緩い)漆を使うと結構、簡単に薄く塗ることができるのです。
「柔らかい漆」? それってどうすれば手に入るのですか??
といいますと、簡易的な方法としてはお手持ちの漆(弁柄漆など)を使う際にテレピン等(樟脳液や灯油)をほんのちょっと混ぜてもらえれば、柔らかくなります◎
(薄描き用に漆屋さんで「軟らか目」の漆を買っておくのがベストです)
※ 溶剤を混ぜるほど、漆が薄まり接着強度も弱まります。ので、混ぜ過ぎないようにします。
※ 希釈にはエタノール(アルコール)を使わないでテレピンなどを使ってください。(エタノールは揮発が早過ぎて使い勝手が悪いですし、漆の成分が「分離」しやすい??ようです)
※ 本格的に金継ぎをやられている方(依頼を受けているような方)でしたら、そもそも「柔らかい漆」を漆屋さんから買っておくのも手かなと思います。
箕輪漆さんでしたら、「柔らかめの漆をくださらない?」と言えば用意してくれます。漆屋さんによってはそういったリクエストができないところもありますのでご注意ください◎)
②【筆の中の漆をしっかりと切る】
筆の根元付近まで漆を含ませるのですが(職人さんによって、本当に「根元まで」含ませる人と、「根元2~3割は含ませず」に残しておく人とがいます)、量的には「たっぷりと」は含ませたままにせずに、しっかりと筆の中の漆を切ります。
爪盤などの中で筆をローリングさせ(!?ホント?)、漆を切って、含まれる漆を極々少量にします。
「ごくごく」少量です。本当に。
感覚値的には「カスれる半歩手前」です。(一歩手前じゃダメです。もうぎりぎりラインを狙ってください)
僕自身、何度やっても毎回、師匠に「まだ厚いね~」「漆、筆に含ませ過ぎだね~」と言われてしまうのが正直なところです。
大袈裟ではなく、今までの人生で培ってきた「薄さの概念」自体を壊すくらいでないとこの薄さを体得できません。そのくらい尋常じゃない薄さです◎
これは僕の実体験からくるアドバイスです。
漆の塗り厚は蒔く粉の大きさによって微調整します。消し粉、平極粉、丸粉1~3号くらいは「極薄」です。「極」です。
漆を塗って直ぐに蒔きます。漆が柔らかいうちに蒔きます。漆が柔らかいうちに蒔くと漆の中にすぐに粉が沈みます。
え~!蒔絵粉が漆に沈んじゃっていいんですか?
はい、オッケー◎
「漆の中にしずんじゃう~!」といっても、今回は漆が「薄く」塗られています。なので、すぐに底に着きます。
直ぐに沈みますので、そのまま蒔絵粉をさらにのせていきます。
はい。こうすると、それほどの量の蒔絵粉を使っていないのに、粉の沈みが止まりました◎
これだと時間が経っても粉の表面に漆が滲んでくることもありません。
※「青息」が来るくらい乾きがきてから蒔くと、粉の沈みが悪くなります。沈みが悪い…ということは、時間が経ってから粉の表面にじわ~と漆が滲んできます。
「蒔絵粉の層」も厚いので、耐摩耗性も高くなります。
蒔絵層に厚みがある分、擦れていってもその下の漆層がなかなか出てこない…ということです◎
金継ぎで直す器が日常使いの場合、どうしても擦れることが多いと思います。
ということで、耐摩耗性が高い方がいいと思い、最近はこのやり方で私は蒔絵を行っています。(まだまだ下手ですけど)
ちなみに「直ぐに粉を蒔く」といっても、塗った漆に「筆跡(刷毛目?)」が残っている場合は少し待ちます。
↗このように筆を通した時の漆の凹凸ができやすいので、多少それが収まるまで10分くらい待つこともあります。
その際、漆に埃が入り込まないように「空風呂(湿していない風呂)」に入れます。ただし、乾かしたいわけではないので(むしろ乾かしたくない)、「湿し風呂」には入れません。
う~ん、ナルホドナルホド◎ 言っていることは分かるような気がします。
なんですけど…、どの金継ぎ本を見ても「直ぐに蒔け」なんて、そんなやり方は載っていませんよね?
全ての金継ぎ本で、「乾きかけ(青息)を狙え!!」って書いてあるのですが…。
ホントにそんなやり方で、大丈夫なんですか??そんなことを言っているのは金継ぎ図書館だけじゃないのですか??
(館長はアホだし、ハトはふざけているし、いまいち信用ができないのよね!)
ふふふふ…。仰ることは分かります。
(館長が「アホ」だということも間違っておりません)
確かにほとんどの金継ぎ本では「青息狙い」の蒔き方しか書いてありませんよね。
ですが、あるのです。昔、書かれた一冊の本の中に◎
人間国宝の先生によると…
「蒔絵 高野松山」というちょっと古い本によりますと…
※ 高野松山たかのしょうざん先生は人間国宝だった偉い人です。
(松山先生は「平極粉・消し粉」と「丸粉」とでやり方を分けています)
【平粉(平極粉)蒔絵】
漆を薄く平均に塗り終わったら、水で湿した漆風呂の中に入れる。10分ないし15分ののち漆描の部分に吐きかけた息が青みをおびる、いわゆる青息がかかった状態の半乾きになるのを待ち、平粉(平極粉)を綿蒔(真綿に粉をつけて蒔きつけること)し、ふたたび漆風呂に入れて十分に乾固させる。
「蒔絵 高野松山」p83
「消し粉」の扱いも「平極粉」と同様と考えていいと思います。
【丸粉蒔絵】
漆描きがすんだら直ちに丸粉を蒔きつける。粉は絵漆の中に浸み込むだけ十分に蒔き込むことが肝要である。
写真7を参照されたい。
「蒔絵 高野松山」p84
↗これが「写真7」です。が、どう参照していいのかわかりませんね。はい、昔の本ですから◎
ここで重要なのは「粉は絵漆の中に浸み込むだけ十分に蒔き込む」という所です。松山先生も「肝要である」と言っております。
この考え方は最近の金継ぎ本とは根本的な部分で考え方が違っています。(最近の金継ぎ本は「粉は絵漆の中になるべく沈めない」…ってことですからね)
最近出版されたどの金継ぎ本には載っていませんが、この「直ぐに蒔く」というのも昔からおこなわれてきた方法なのです◎
【まとめ】どっちでもいい◎ けど…
「青息」時に蒔く場合と「直ぐに」蒔く場合とでそれぞれメリット、デメリットがあります(下に箇条書きしました)。それを加味した上で修練を積んでいってください。
どちらのやり方でもいいと思いますし、「消し粉、平極粉」は「青息蒔き」、「丸粉」は「直後蒔き」というふうに松山先生風に粉によってやり方を変えてもいいと思います。
ただ「初心者へのおススメ」のやり方としましては、「直ぐに蒔く」かなと思います。蒔くタイミングを気にする必要がありませんので、この方が簡単かなと。
それより何より、とにかく「漆を薄く塗る(蒔くタイミングよりもこちらの方が重要!!)」ってことが肝要です。そこを一番注意しながら実践してみてください。
ちなみに最近の私はかめ先生の教え通り、「直ぐに蒔く」やり方を採用しています◎
【「青息」の時に蒔く場合】
メリット
- 蒔絵粉が少量で済む。経済的
- 光沢が増す(気がする)
デメリット
- 蒔くタイミングが掴みずらい(失敗しやすい)
- 失敗すると漆が表面に滲んてくる
- 蒔絵粉の層が薄いので耐摩耗性が低い
【漆を塗ったら「直ちに」蒔く場合】
メリット
- 失敗しづらい(しっかりと漆を薄く塗れたらですが)
- 蒔絵の層が比較的厚くなるので、耐摩耗性が高くなる(日常使いの金継ぎ修理に向いているのでは?)
デメリット
- 青息のドンピシャのタイミングで蒔くよりも蒔絵粉の使用量が増える
【お詫び】
申し訳ございませんが、僕自身の蒔絵についての経験がまだまだ不十分なので、「本当に分かりやすい説明」ができていません。
実体験を繰り返すことで、少しずつ「体感として」その技法を咀嚼できるようになります。
体感まで落とし込んでいったとき、その実感を元に初めて初心者に寄り添った分かりやすい解説ができるようになると思うのです。
これからも、かめ師匠のもと実践を積んでいきますので、また何か気づきがあったら(もしくは間違った記述があったら)、書き足していきます。
引き続きよろしくお願い致します。