【赤ちゃん金継ぎデザイン】 花の赤い赤い風船が飛んでいくリム皿の修理

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今回は鳩屋の鳩による赤ちゃんのための金継ぎデザインです。

 

「普通」は、普通の修理人はですね、「金」や「銀」で仕上げます。
(もしくは「赤」や「黒」などの単色の「漆塗り」仕上げが多いです)
私もそういった修理をすることが多い。
「金継ぎ」といったら、そういうイメージですよね。

きれいでふっくらとした線を描き出し、いかに平滑な面を作り出せるか。どれだけ金や銀の持っている本来の輝きを引き出せるか…が修理人の腕の見せ所となります。
修理人の中には蒔絵で「装飾」を施す人もいますが、「青海波」だったり「麻の葉」などの古典的な紋様であることがほどんどです。

それで、そういった金継ぎ修理ばかりを見ていると
「これって依頼主本人が無視されてはいないか…?」
「これは本当に使い手の”想い”に寄り添えているのか?」
と思えてしまう時があります。(ちょくちょく)

「古典技術の継承」と称して修理人の技術の高さを誇示しているだけのように見える時がある。
こうなると「象牙の塔」ですよね。

そういう修理人が主流になった時、きっと金継ぎは飽きられ、衰退し、再び歴史の陰に消えていくのだろうな…と思います。

で、今回はいつもと違う、ちょっと「変則的」な修理をしましたので、見ていただけたらと思います。

 

 

 

修理依頼品 〈 修理前 〉


 

今回の依頼主はお母さん。
でも使うのは赤ちゃん。
ならば赤ちゃんのために直しましょう!
…と最初から思ったわけではなく、
最初は、やはり依頼主のお母さんの要望を聴く形で修理を進めて行きました。

けど、いつだって「もっといい直しがあるんじゃないか?」と鳩屋はコソコソ狙っているのです。

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

赤ちゃん用のリム皿
真っ白

リム部分がちょっと欠けてて
ひびもちょっと

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

依頼は「銀仕上げ」リクエスト

 

なるほど、
シックに「目立たず」ですね

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

そうか、赤ちゃんが使うんだな…と

頭の片隅に置きながら作業を進めます

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

ひびにヤスリをかけます
欠けた部分を刻苧漆で埋めます
錆漆を付けます
漆を塗ります
黒色を3回
次に赤色を塗りました

で、その時「ムムムム…」と引っかかったわけです
「これは何かあるぞ」と
「銀仕上げ」じゃないなと

ひとまず内側の「ひび」のところだけ、緑色の漆で塗ってみる

「フフフフフ、多分、当たりだな◎」とひとりほくそ笑むわけです

銀仕上げ中止
方針転換

なんでか?
風景が見えたからですのよ

 

 

〈 金継ぎ修理完了後 〉


 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿 

原っぱで”ハイハイしているちいさな人”は
きっと小さな小さな花の赤に気づくのです

おとなは気づかない小さな小さな花の赤に

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

ちいさな人は小さな赤に飽きる

そしたら赤の向こうに
大きな大きな空の真っ白が見えてくる

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

空の真っ白に
ぷかぷか浮いてる丸い赤

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

赤い風船は
ゆらゆらと通り過ぎる

ハイハイくん、さいならー◎

 

金継ぎ修理した赤ちゃん用のお皿

 

こんな「風景」が見えたなら、「方針転換」はきっとうまくいきます◎

赤ちゃんの「きゃっきゃ」と喜ぶ顔が見えて、お母さんの喜ぶ顔が見えて、
器も、壊れた「疵」も、みんなピタリと嵌まったように思えて、
修理人も「フフフフ…」って自然と”にんまり”してきたなら

それはこの世界に「小さな秩序」が立ち上がった徴です。

 

 

 

こら、鳩屋、
何をポエミーなブログ書いてるんの?
ちゃんと「やり方」、教えなさい!

おっ!?なるほど。済みません。
それじゃ、簡単に解説させてもらいます◎

 

赤い風船の作業工程


 

作業はいたって簡単です◎
皆さんもできますよ。

 

器の外側の〈 「欠け」+「ひび」の形 〉を見てみると
↗画像となります。

で、この時、「使い手」や「使われる場所」などを頭の片隅に入れておきながら
ひとまず修理作業を進めていきます。

いきなり「これだぁ!!」ってイメージが浮かべばいいですけど、そんなことはあまりありませんし、最近は最初から「決まらない」方がいいような気もしています。

何で最初から「決まらない」方がいいかというと、どうしても「最初のイメージ」って「頭」の中のイメージ・ストックと照合しただけ…という場合が多い気がするからです。そうなると、その器やその持ち主の「想い出」や「想い入れ」とはほとんど関係のないデザインになる可能性が高くなる。つまり修理人の「独りよがり」な匂いが強くなります。

第一印象で「これは○○のデザインが合いそう!!」ってピピッときたとしても、「待て待て、そんなに急ぐこたーないじゃないか。金継ぎ修理ってのは時間のかかるものだ。先は長いんだよ。ひとまず”判断保留”ってことでいこうじゃないか」と自分に「マッタ」をかけます。
この「決めつけ回避」のための判断保留って大事な気がします。
そんなふうにぴぴっと来なくても、「何かいい感じになりそうな予感がするのよね…ふふふ」ってくらいが、いいマインドのような気もします。

 

今回は「使い手」が赤ちゃん…ということで(←多分、それが頭の中にあったからだと思います)、作業をしているうちに「これはどうしたって風船でしょうね」という感じにデザインの落としどころが明確になってきました。

 

で、「風船」に仕上げるためにはちょっと形が悪い。
ということで、まずは風船形に器の素地をダイヤモンドビットで研ぐ。

① 灰色の部分を研ぎます。器の素地も研いで漆の食いつきをよくします。

② 黒い漆を塗り重ねる。3回くらい。程よく「ふっくら」とした感じがでるまで塗り重ねるのがよろしいかと。(塗り→研ぎ→塗り→研ぎ…を繰り返します)

③ 赤い漆を塗る。これは研がない。

④ 「紐」の部分に黒い漆を塗り、それが乾かないうちに「銀粉」を蒔く。風船をキュッと縛っている部分も忘れずに◎

以上です。

 

「日々の作業を繰り返しているうちに意匠が決まってくる」…というのがいいのではないかと今現在、思っているところです。
「作業」といのは単純作業で「頭」を使わずにいるから「クリエイティブ」じゃない…と思われています。
けど、「創造」っていうのは実は「頭」だけがおこなうものではなく、「身体」がおこなうものもある気がします。むしろ身体を通過した「フィジカル」な創造の方が、より伝播力が増す気がするのです。

当たり前ですが、修理人と器の関係はすごく「密」なものになります。
何ヶ月もの間、手元に引き寄せ、大切に触り続けながら作業をしていきます。きっと器の作り手よりもその時間は長いと思います。(ものを作り出す時って、作り出すものが「パッ」と手から離れた方がいいものができることが多いと思います。いつまでもうじうじこねくり回して出来上がったものってあまり魅力がないものがものが多い。特に日常工芸品においては)

 

長く付き合いながら、常に目線は器の近くに寄り添います。そして手で触り続ける。
触り続けること。目線が近すぎること。長い時間…それらを通すことでしか出てこない「デザイン」というものもある気がします。
フィジカルな発想。身体実感から必然性を持ってにじみ出てくるデザイン。
それはすごく「自然」な現れ方なので、「受け手(使い手)」の中にもフィジカルにすとんと納まる。

 

ちなみに器の内側の「赤い花」は赤い漆を塗った後に「うむ、花かもしれない…」と思い、その後、「茎」の部分に(ひびの部分に)緑色の漆を塗ってから確信が持てました。
それ以前は「花」かもしれないし、そうじゃないかもしれない…と迷っていました。
実際にやってみないとわからないことが多いです。僕の場合は。

 

「金や銀で普通に仕上げられた修理」と「赤い風船と赤い花が描かれてしまった修理(!)」とがあったら…使い手である赤ちゃんはどちらを喜んでくれるかな?と思うのです。

修理人の「会ったこともないけど、君のことを大切に思っているぜ」という”ささやかなメッセージ”を乗せたこんな修理も、時には「有り」かなと思うのです。

 

 

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